アルザス中部のセレスタからワイン街道を南下すると、ヴォージュの山裾の急斜面に広がっていたブドウ畑は、コルマールを過ぎたあたりでなだらかな丘陵にその場所を移す。エギスハイムが誇るグランクリュ、アイシュベルクはその緩やかなその南向き斜面にて、フランスで最も降水量が少ない地域のひとつであるコルマール周辺の温暖な気候を享受している。
11世紀頃には修道院から課税されていたというこの畑は、古くから優れたゲヴュルツトラミネールとリースリングを生むことで知られていた。1580年からエギスハイムでワイン造りに携わるエミール・ベイエではこのグランクリュに約1haを所有し、リースリングのみを栽培している。リースリングの聖地、ラインガウのシュロス・ヨハニスベルクで修業を積んだ14代目のクリスチャン・ベイエが誇りとする先祖伝来のグランクリュだ(クリスチャンとレオン・ベイエのヤン・レオン・ベイエは曾祖父を同じくする親戚同士である)。
アイシュベルクの土壌は第三紀の礫岩と泥灰土が基本となるが、このタイプの土壌に植えられたリースリングによく見られるゴリゴリとした固い酸や抜けの悪い鈍重さがまったく見られない。それはベイエの区画は石灰が少なく砂岩を多く含むからである。ここでは適量の石灰は、南部アルザスの温暖な気候がもたらす豊かなフルーティさをうまく引き締める役割を果たし、結果としてベイエのリースリングは、優美でいて構造がしっかりとしたワインとなる。
品種と畑の適合性という点でもうひとつ、この造り手で興味深いのは品種の植え分け方である。通常、涼しい気候を好むリースリングは斜面上部に、暖かさが必要なピノ・グリやゲヴュルツトラミネールは斜面下部に植えられる。しかし、先に述べた通り、コルマール周辺はフランスで最も乾燥しているエリアのひとつで、気候も温暖だ。そのため、エミール・ベイエでは元々酸度が高いリースリングは南向き斜面や斜面下部に植え、酸度が低いゲヴュルツトラミネールやピノ・グリは比較的涼しい斜面上部や北斜面に植えて酸を保持している。これが、ベイエの魅力であるふくよかな果実の中にもエレガントな酸を備えたバランス感をもたらす。
アルザスのトップ生産者の一人
エミール・ベイエの所有畑はエギスハイム周辺に17ha存在する他、北はサンティポリットから南はオルシュヴィルまで中部アルザスの栽培農家からブドウを買い付けるネゴシアン業も営んでいるが、低収量でブドウを完熟させるという信念に変わりはない。除草剤や殺虫剤は使用せず、基本的にビオロジックで栽培。醸造ではピノ・ノワール以外はステンレスタンクを用いており、時に半年以上も続く自然酵母でのアルコール発酵のおかげで豊かな香りとボディが生まれる。2008年までは村の中心にある築400年の古いセラーでワイン造りを行っていたが、2009年に醸造機能を郊外に新築したセラーに移転。合理的かつ実用的な設備により、品質管理が容易になり、テロワールの個性が明確なワインの更なる追求が可能となった。この時期を節目として様々なメディアに注目されており、フランスのワイン評価誌『ラ・レヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス』ではアルザスのトップ生産者の一人として取り上げられている。